悪縁の解消法

　第四輯のラストで神隠しにあって以来、作品舞台から長らく姿を消していた犬江親兵衛が華々しい再登場を遂げるのは、第百三回ラスト、富山へお参りにやってきた義実公を襲った一党を倒す場面である。この襲撃メンバーの面子は、安房四郡の旧領主の一人・安西景連の血筋のもの、同じく麻呂信時の血筋のもの、神余光弘の忠臣の血筋のもの、といった顔ぶれだった。

　このなかの神余の残党というのは光弘の近習・天津兵内の弟天津九三四郎と、神余領の侠民・洲崎無垢三の外孫荒磯南弥六のことだ。しかしこの二人、仲良く義実を襲撃しているが、かつて無垢三とその相棒・杣木朴平は主君である神余光弘を誤殺したさいに、天津兵内をも誤って手にかけているのである。

　もちろんそれは神余の佞臣・山下定包にはめられたせいで、彼らに光弘や兵内に対する害意などなかったのだが、朴平の孫にあたる山林房八が、光弘・兵内とともにこの場で命を落とした神余の近習・那古七郎の弟である古那屋文五兵衛とその息子小文吾への贖罪のために命を投げ出したことを思えば、九三四郎にとっての南弥六もやはり古那屋親子にとっての房八同様、仇であるということになる（ただし兵内を直接手にかけたのが無垢三と朴平のどちらだったのか判然としない違いはあるが）。

　しかし房八が末期の父親から古那屋との悪因縁を聞かされて、以来ずっと罪の意識にさいなまれていたのと対照的に、南弥六は祖父無垢三が直接誤殺した神余光弘のご落胤・上甘理弘世の存在を聞き知ると、嬉々として弘世の養育に励んでいた九三四郎（弘世の母親は九三四郎の実姉である）のもとを訪れ、以後親しく交際していたという。

　生まれつき左手が開かないという障害を背負っていた親兵衛が、左手を開き犬士の一員として〈再生〉したのは、身を殺して祖父の罪を購った父房八の献身あればこそとは、親兵衛をはじめとする人々が繰り返し語っているところだが、この自己犠牲のとばっちりで房八の妻で親兵衛の母である沼藺が命を落としている。親兵衛だって一度絶息しかろうじて息を吹き返したのである。

　南弥六と九三四郎が初対面のときどんな会話がかわされたのかはわからないが、きっと南弥六が祖父の過ちを詫び、九三四郎がそれを許し受け入れる、といった心温まる光景が展開されたのだろう。親兵衛は、自分と南弥六の祖先すなわち朴平と無垢三は「忠死も亦得失も、異なることのなけれども、子孫の行状同じからねば、受る所の栄辱禍福、かくの如き差池（けじめ）あり。」と語るが、罪を購おうと必死になって結果的に妻子を道連れにしてしまった房八と比べたとき、祖先の因縁を承知のうえで友情を築いたこの二人の関係のほうが、平和的でいいんじゃないかという気もする。

　ところで上記の、房八が小文吾にわざと斬られたことで、小文吾の甥である親兵衛の障害が完治した法則を見習って、南弥六が九三四郎にわざとと斬られたとしたら、九三四郎の甥である弘世の病弱＋知能障害が完治したりするのだろうか・・・？

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