悪人たちの放縦な生活

　「スキャンダラス親兵衛」でも書いたが、親兵衛には妙に性的な話題がつきまとう。親兵衛自身は清浄そのもののような少年であるのに、男に情欲を燃やされたり、女との浮名を流されたりといった事件がなぜか多いのだ。

　というより、第九輯には直接親兵衛に関係ないところでも、性的な事柄がやたらと生々しく語られる傾向がある。第八輯から持ちこされた毛野・道節の復讐譚にけりがついたあと、すぐ次の回（第九十七回）に出てくるのが蟇田素藤の父・但鳥跖六の話だ。この跖六の代表的悪行として、妊婦の腹を裂いて取り出した胎児を食べる趣味が挙げられているのは有名である。

　のちに親兵衛と戦う素藤にしても、上総館山城の城主におさまってからの酒池肉林ぶり、朝貌・夕顔という二人の愛妾を愛したことが克明に描かれる。そのうえ浜路姫に懸想しつつ妙椿尼ともわりない仲となったりする。朝貌・夕顔がもとは前城主の妾だったというのも素藤のスキャンダラスな生活を強調したものだろう。

　第八輯以前でも悪役はたいてい性的に放縦である。船虫がその顕著な例だろう。それ以外でも酒池肉林といえば『八犬伝』最初の敵役である玉梓＆山下定包も行っていたし、第一の犬士信乃と第二の犬士荘助を苦しめた大塚夫婦も、もとは野合で結ばれたカップルである。夏引・嗚呼善といった浮気女にもことかかない。それでもやはり第九輯ではとくに敵キャラの性的放縦さがあからさまに描写されているという印象を受ける。

　その最たるものが京物語に登場する竹林巽・於兎子夫婦だろう。もともと不倫→駆け落ちによって結ばれたこの二人は自堕落な生活を送っていたものの巽の眼病を機に改心、病気快癒を祈願して床絶ちをしている。しかるに巽のもとに出入りしていた「うるはしのちご」が巽の愛人ではないかと於兎子が勘ぐったのをきっかけに性生活が復活、たちまちに二人は再び堕落してゆく。

　このくだりはセックスイコール悪という思想に基づいているとしか思えない。彼らは夫婦であってとくに放縦な性生活を送っているわけではないからだ。彼らに夫婦生活の復活をアドバイスした山幸樵六も当初はよき隣人風の描き方だったのに、殺されたのちに、妻とともに他人の子を養っては養育料をふっかけて子供は虐待し死にいたらしめるという『レ・ミゼラブル』のテナルディエを思わせる（それ以下か）大悪人だったことが明かされている。セックスを推奨するような人間は善人ではありえないらしい。

　これはおそらく、八犬士や善人キャラクターの潔癖さを際立たせるために敵はことさらに淫奔である必要があったのだろう。ゆえに「犬士の随一人」であり、もっとも強い神性を帯びた親兵衛の活躍する物語に登場する悪役はとりわけ性的な事柄が強調されることになる。第九輯でも親兵衛がそれほど活躍しない（というかほとんど不在）対管領戦ではとくにエロティックなエピソードは語られていない。

　ところで潔癖人間の代表格たる親兵衛自身の性に対する考え方はどうかと言えば、「人各（おの〓（おの））妻を娶るは、子を欲するの故なり。」（第百八十勝回下編大団円）。・・・なんかやだなあこんなの。

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